ヒグチアイ #シンガーソングライター
なぜ写真を始めたのか。
他の写真家が答えるようなカッコイイ理由は持ち合わせていない。
ただ家にカメラがあった。
ただラジオで聴いて好きになった、それが最初だ。
憧れのままにしていれば交わることはなかった彼女の、
本気の眼を目の当たりにした。
その眼に耐えられず逸らす自分の歯痒さ、いつになっても慣れない。
「人間じゃないもの」
その言葉の感覚を忘れる時が訪れないことを願っている。
ーヒグチアイさんは2歳からピアノを始めたそうですがご家族の影響からでしょうか?
そうです。家族全員、兄も私も妹もやっていました。家に生ピアノが二台あって、あちらこちらとピアノを練習していました。
兄と私は長野県のコンクールでは有名で、樋口兄妹は強いって言われていましたね。
ー自発的にピアノに触れたんですか?
母親がピアノの先生だったので、その影響で始めました。あんまり楽しかった思い出はないですね。楽しくなくなったのは自意識が芽生えてからだったと思います。ステージ上ですごく緊張するようになったんです。
最初は楽しく弾くだけだったけど、見られていること、コンクールに勝たなきゃいけないこと…上手く弾かないといけないプレッシャーを考え始めてから嫌いになっていきました。
ー他の楽器も習っていましたか?
バイオリンも弾いていましたが、早めにやめました。中学2年生の時にピアノもやめてからは合唱部や合唱団で歌っていました。歌うことは、楽しかったです。ピアノとかバイオリンは上手だったんですけど、上手じゃないものの方が人に色々言われない、期待されない。歌は上手じゃなかったから楽しかったんだと思います。
ー16歳の頃から路上ライブをはじめられたそうですね。そもそも路上ライブはなぜやるのでしょうか?
歌えるところが路上だと思ってるんじゃないですか(笑)? そこだったら歌ってもいい、人に聴かせていいと思っていました。東京で路上ライブをしてそれで食べている時期もありました。警察にすごく怒られて辞めましたね(笑)。 それから怖くてやってないです。 路上からシンガーソングライターが生まれるイメージだったので、いつかスカウトが来てプロになれるんじゃないかって気持ちもありました。
ー18歳で上京してジャズを勉強されたそうですね。学校はいかがでしたか?
未だにそうなんですが朝起きられるタイプじゃなくて…通学に2時間かかるので行かなくなりましたね(笑)。
ジャズボーカルを習っていて、声がジャズに合うから続けた方がいいよ、と先生に言われたんですが、似合うんなら…じゃあジャズはやらなくていいかと思ったんです。
ープロを意識しはじめたのはいつ頃ですか?
ライブでチケットがたくさん売れるとお金が少し返ってくるシステムがあるんですが、それをもらい始めた頃ですかね。23歳くらい、始めてから5年目くらいです。当初はプロになれるとは思ってなかったです。
ー『三十万人』をリリースした時の嬉しさは残っていますか?
最初は売れるんじゃないか?街を歩いていたら声をかけられるんじゃないか?みたいなミーハーな嬉しさはありました。リリース時、CDショップに挨拶回りをしたんです。「ヒグチアイ です、よろしくお願いします」みたいな。基本的に親切にしてくださったんですが、某ショップでめちゃめちゃ酷い対応されたときは新人の厳しさを知りましたね。こんなに雑に扱われるんだな〜って。CDを出すだけじゃ何も変わらないんだと思いました。
ジャケット¥94,000 パンツ¥68,000(共にY’s/ワイズ プレスルーム)
ーインディーズとメジャーの違いは何ですか?
デビューしませんか?と声をかけてもらえるかもらえないかの違い。
インディーズなら一生できると思うんです。でもメジャーでは一生はできない。めちゃめちゃ売れている人は別ですよ(笑)。
挑戦するものです。短い期間の契約でやっていくものなので、どれだけメジャーのシーンで居られるか。そこでどれだけ実績を残していけるか。できるなら、シンガーソングライターはメジャーを経験してみた方がいいと思います。そういった意味でメジャーのときとインディーズのときは気持ちが違いますね。コネもない自分が一歩一歩、着実に進んでからのメジャーデビューだったので嬉しかったです。拗ねずに続ければデビューできるという希望にはなったかなと思います。
ーCDを出すペースは自分で決められるものなのですか?
ある程度は。私は2年間で2枚の契約だったので1年に1枚のペースはキツかったです。アルバムが13曲入りでも50曲以上は書いた中で選ばれる13曲なので、思ってるよりたくさんの曲を書いているんですよ。
ー出せなかった曲もあると思うのですが、その消化の仕方は?
新しい曲、もっといい曲を書く。出せなかったのはその曲が何か足りなかったからなんですよね。足りなかった部分があったことの責任だと思っています。しょうがないと思うことが多いです。
ーサブスクリプションとCD、その違いで思うことはありますか?
サブスクで好きな曲が一曲だけできても、CDにはあまり繋がらないかなとは思っています。
CDは今はグッズ感覚ですかね。色々集めたいものの中の一つがCDだと思っています。CDって高いという感覚なんですよ。若い子は、それにお金を使うことはできない。
サブスクでお試しで聴いてくれてライブに人が増えるかもしれない…そんな導線の一つになっていると思います。
ー年々、CDが売れていないと言われていますが、どう思っていますか?
買っている人は買っていると思います。自分はCDが売れている時代に音楽をやっていなかったので、あんまり気にしていません。コアなファンの為のグッズだと思って作っている部分もありますね。CDを手に入れないと読めないもの、例えば録音してる人やサポートミュージシャンなど、どこにも載ってない情報を掲載したり、書き下ろした小説を収録したり。
コート¥88,000 パンツ¥62,000(共にY’s/ワイズ プレスルーム)
ーミュージックビデオはどういう存在ですか?
自分で作っていた頃は、映像にはお金かかるのに私には全然入ってこない!と思っていましたね(笑)。
今はYouTubeで音楽を聴く人も多いので、そういった層の人たちにも歌が聴いてもらえるのはありがたいことです。
ーアルバムを作るとき、ヒグチさんはどこまで関わっていますか?
基本的に全部です。『一声讃歌』ではジャケット撮影で馬に乗りたいって言いましたし、『樋口愛』では小説も書きたかったのでブックレットに入れてもらいました。やりたくないことはやってないです。タイトルもみんなで考えますけど、最終的には自分で決めます。
写真のセレクトは…自分はコンプレックスだらけで隠したいところが多いんです。だけど他人から見たらチャームポイントに見える部分は出すことに不満がないので、スタッフに任せています。基本的に人に見られたくないんですよ(笑)。この顔の性格じゃないんです。顔が前に出てるじゃないですか(笑)?そういう顔の人間じゃない。もっとオタク気質だし人が怖いです。
ーライブの最中はどんなことを考えていますか?
私は観客の方は見ないですね。真剣に聴いている顔って怖いんです。
バンドでやるときは次の曲なんだっけな?メンバーは大丈夫かな?
声の調子がこのままだとやばいからセーブしようとか細かいことを考えますね。
その中でも3回に1回くらい、10分間くらいだけどすごく集中している時間があります。歌を歌う、その場にいることに対して何も考えていない時間がある気がします。
それは良いときもあれば悪いときもあります。
ー悪いときもあるのですね。
自分の世界に酔いすぎているのは、あまりよくないと思います。
もっと冷静に、表現することを演じなきゃいけないって人に言われたことがあるんです。
ーバンドとソロでは、どんなところが違いますか?
バンドは楽しいです。ソロは楽しくない(笑)。 でもソロの方が自分自身にとってはいいライブができますね。人に気を遣う人間なので、バンドでやると好き勝手できなくなる。みんながいるから楽しいし音の大きさが掛け算になっていく。小さいところは「ぎゅ」、大きいところは「わ〜!」ってなるのは最高に好きです。
でもその反面、窮屈な瞬間もあって。もっと好きにやりたい!という気持ちになったりしますね。
ー最近の一日のルーティンを伺いたいです。
最近決めたんですけど、朝8時か9時に寝ます。で、好きな時間に起きます。だいたい、15時か16時くらい。そこから曲を書いて、外に出てご飯を食べに行きます。それで20時過ぎに帰宅して映画か連ドラを見て23時から仕事です。
1時になったらゲームします。4時までやって、そこからまた仕事してお風呂に入って筋トレしてマッサージして寝ます。なんかどんどん遅くなっちゃうんですよね。でも幸せなんです。
ーどのようなことでインプットしていますか?
音楽と映画と漫画と小説です。活字からもらうことが多いので映画なら字幕、音楽ならカラオケの字幕です。
美術館は滅多に行かないです。その時間に起きていないっていうのもあるんですが…間に合わなくて(笑)。
ー気になるアーティストはいますか?
ずっと、いつか一緒にお仕事してみたいと思っているのは松本大洋さんです。
ーSNSとはどう向き合っていますか?
めんどくさいですよ(笑)。誰か一個人に向けて書いてるものじゃなくても、誰かは自分に向けて書かれている、と思ってしまうこともある。それが全てだと思われるのは厄介。勘違いで違う方向にいってしまう怖さはありますね。
ー男性ファンに好かれるのはどんな気持ちですか?
神様みたいになれれば良いので関係ないです。性別に囚われたくないっていうのはずっと前から思ってました。どっちでもいいです。恋愛対象として思われることもあまりないので。
ーモテない、と書かれていましたね。
女のシンガーソングライターはモテないですよ。全部、書かれますからね。付き合っていることが曲にされるので(笑)。それが好きならいいですけど。例えば浮気したら、どれだけのことが書かれるか(笑)。
ーアーティストの悪いところは?
どんなことでもネタにしてやろうと思うところですかね。
ネタになることがあると歌詞がめちゃくちゃ進むんですよね。
ー自分の嫌いなところはどこですか?
う〜ん…最後までやりきるのが下手くそなことです。洗い物もあと一枚ができなくて終わらせちゃう(笑)。
最近はそれを直そうとしていて、曲作りも最後までやりきる。
でも曲の場合はやりきることがいいことかわからないです。ラフにつけた歌詞が評価される場合もあるので。わかんないです。考え抜いたところが評価されれば楽ですよね。
ー雑誌「うふふ」はヒグチさんが自ら編集長になり色々な取材をされていますね。
楽しいですね。自分がやりたいことなので。30歳になってさみしさを感じる機会が多くなってきたんです。元々、どうやったらさみしさは埋まるんだろうと考えてずっと曲を書いているので、永遠のテーマでもありますね。さみしさはどこから来るのか、いつか無くなるのか。答えは全く出ないんですけど。だましだましやるしかない感じがします。
ー「うふふ」で風俗関係の人にインタビューされていたのが印象的でした。
風俗やっている子はすごく考えている人が多いですね。考えすぎちゃう子、考えすぎて諦めてる子も多いかなって。
女性用風俗に行ってもらってその人にもインタビューしたんですが、体温、とにかく手があったかいのが良かったと言ってたんです。それを聞いてさみしさっていうのは体温だなって思いました。結婚しててもさみしい人は、人に触れていない。友達がいるから大丈夫っていう人は、楽しくて体温が上がってるからかもしれません。もしかしたら、一人で大丈夫な人はもともと体温が高かったのかな?とか考えさせられました。
ー人の話を聞くのは好きですか?
好きです。でも聞き手の自分が口を出しちゃいけないってルールを作った方が楽しいと思います。
難しいです。「うふふ」の取材で色々お話を聞いていても、この人考え方が甘いなって思ってしまうときはあるんです。でもそれを口に出すのは違うと思っています。その人が思っているまんまを聞きたいので。
ーご自身の「声」についてどう思われていますか?
私声はよれていてまっすぐではないんです。そういう歌い方をしていて。これは個性だとは思っています。まっすぐ歌えた方がビブラートをつけやすいので、表現の幅は狭くなってるんですけどね。でも私のような、“ちりめんビブラート”の歌い方でジャズを歌っているニーナシモンを聴いて、直さなくていいんだなって思いました。
ー3月から舞台に挑戦されますが、いかがですか?(取材時は公演前)
小学生の時、合唱団でオペラに出た以来ですね。カルメンの子ども役。オペラは歌えばいい、歌うことが演技なのでできるんです。でも喋って演技することはキツイですね…身振り手振りも苦手なんです。
動きを大きくとか…怖い、絶対できない(笑)。 演技は未知です…
ー言葉について。
小説を書くのも好きです。言葉を使って色々できたら良いですよね。
音楽を聴いている人の中で、歌詞、言葉を聴いている人は少なくなってきていると思うんです。言葉を聴くのに特化した人たちに、何か届けられるものがないかな…と思っています。歌詞を読み解いて考察してくれる人がいるジャンルを超えた世界にも届く音楽をやりたいと思っています。そのために色々なことに挑戦してフィールドを広げなきゃいけないなと思っています。舞台も小説もその一つです。
ーコロナ自粛の最中、曲は作られていましたか?
ほとんど書いていなかったですね。全方位からコロナの話が入ってきてしまうから、曲が書けなくなっていました。最近、コロナは関係なくていいか、もっとそれ以前の話を書いてもいいのかな?と思い始めて。その時代に戻りたい人、思い出したい人、逃避したい人も多いと思うので、やっと書き始めました。
ーコロナ禍で音楽の必要性を考えましたか?
楽しさの余裕が必要だと思います。隙みたいなものですけど、それがなくなったら暇で死にますよ、人は。それをなくしてもいいと思っていたら、人間じゃないものになっていくと思います。あったほうがいいと、思っていられる人間でいたいです。
シャツ¥52,000 パンツ¥65,000 (共にY’s/ワイズ プレスルーム)
問い合わせ先 ワイズ プレスルーム 03-5463-1540
ヒグチアイ
平成元年生まれ。シンガーソングライター。
生まれは香川、育ちは長野、大学進学のため上京し、東京在住。
2歳のころからクラシックピアノを習い、その後ヴァイオリン・合唱・声楽・ドラム・ギターなどを経験、様々な音楽に触れる。
18歳より鍵盤弾き語りをメインとして活動を開始。
2016年メジャーデビュー。圧倒的な説得力を持って迫るアルトヴォイスとピアノの旋律、本質的な音楽性の高さが業界内外から高い評価を受け「FUJI ROCK FESTIVAL」など大型フェスへの出演も果たす。
3/27より開幕のシンフォニー音楽劇『蜜蜂と遠雷~ひかりを聴け~』で舞台にも初挑戦。
4/16には、最新曲『縁』(テレビ東京系 ドラマ24「生きるとか死ぬとか父親とか」エンディングテーマ)の配信リリースを控える。
Hair:Mikio Aizawa
Make:Yumi Asakawa
Stylist:Eri Takayama
Video:JOHNNY HIROTA
Text:Makiko Namie, Makoto Nakamori