でもそれで死ぬことはない
意志強ナツ子 #漫画家
一体全体、なぜこんなことが思いつくのか不思議でならない。
読んでいる間の時間の速さはいつも流れている時間の定義から外れている気がする。
なぜこんなに没頭させ夢中にさせるのか、それがこんなにも続くのか。
現実逃避の世界の美しさに感嘆し、またページをめくっている。
最初に読んだ漫画ってなんですか?
『ちゃお』ですね。
『こっちむいて!みい子』『とんでぶーりん』、中でも『水色時代』っていう、やぶうち優先生の漫画が一番好きでした。思春期もので絵もすごい可愛いし、ストーリーも子ども向けの割には少し生々しかったりもして面白かったんですよね。
いつから漫画を描かれていたんですか?
小学校の時からです。最初はイラストだけ単体で描いていたのですが、小学5年生の時にクラスメイトで一番絵の上手い子が現れて、その子がノートに漫画を描いていたんですよ。漫画を描くっていう発想がなかったので驚いて。そこから描き始めましたね。
初めて自分の漫画を発表したのはいつですか?
中学2年生です。知人にたまたま誘われて同人誌即売会に行ったんです。こんな世界があるのか! もう天国じゃん! と思って。遊園地のように感じました。そこから毎回遊びに行くようになって、自分の漫画を出すようになりました。
同人誌即売会ってどんな世界なんですか?
漫画、小説、グッズとか、色々なジャンルがあります。あと二次創作と創作だとちょっと話が変わってきて。二次創作はジャンルが人気だったらそのジャンルのものは全部欲しい人もいます。端から全部買ってく人とか。でも創作だと、本当にその人の漫画を読みたい人しか買ってくれない。私が初めて創作物を出した時は、2部しか売れなかったですね。
漫画は高校に入っても描き続けていたんですか?
高校はそうですね、途中まで描いていたんですが……高校生ってオシャレとか気にするようになるじゃないですか。それでやっぱオタクが恥ずかしい気がして。辞めちゃったんですよね。
美術はやりたかったのでオタク系のことは辞めて美術部で彫刻を始めました。
日本大学芸術学部に進学したのはなぜですか?
大学は美大に行こうと決めていたんです。彫刻が楽しかったので。
後々になって多摩美、武蔵美、東京藝大など立派な学校があることを知るんですが……そのときは高校も日大付属だったし、自然と美大といえば日芸!ということしか頭になかったんです。
美術学科を中退して留学したのはなぜだったんですか?
外国に行くって決めたからです。
大学に入っていろんな人と知り合う中で、留学経験のある人がいて、その人に影響を受けました。外国に行ったら人間力が上がりそうだなと思って。
なぜチェコの大学を選ばれたんですか?
当時ヤン・シュヴァンクマイエルが好きだったので、チェコって素敵そうだなと思って。あと修行が目的だったので、日本人がなるべく少ない、大変そうなところに行こうと思って。
チェコの大学では主に何を専攻されていたのでしょうか?
コンセプチュアルアートです。
彫刻学科は落ちてしまったんですが、希望していない学科に合格して驚きました。
チェコの大学って実際は学科というより教授によるゼミのようなスタイルなんです。私が希望した先生が、他の先生の所に回してくれたみたいなんですよね。こういう日本人がいるぞと。お前日本好きだろみたいな感じで。それでたまたま受け入れてもらえて合格しました。
漫画を再び描き始めたのはいつですか?
チェコの大学入って、2、3年経ってから描き始めたと思います。
将来に悩んでいたっていうのもありました。22歳頃ってもう同級生たちは就職してるわけじゃないですか。でも私はまだ学生やっていて……別に楽しくもない、修行に来てるから(笑)。でも周りは大人になってく。すごい病んだんですよその時。自分がすごいダメに思えて。卒業後何で食っていくんだろうって悩んだ末、漫画に行き着いたんだと思います。
大学生活で得たものって何ですか?
美学です。大学で aesthetics (美学)っていう学問があったんです。その授業があること自体が私はすごい嬉しかった。
映画を見て感想文を書く課題とか出るんですが、その課題の映画がキム・ギドクの「春夏秋冬そして春」だったんです。アジアの美もヨーロッパの人が美と認めてくれているっていうことに、アジア人として自信がついた。日本は商業芸術は優れているけど、ファインアートってちょっと不得意でチェコやドイツに敵わないという気になってたんですね。でも美学の時間にアジア映画を挙げてくれたのがすごい嬉しくて。大学が私を受け入れてくれたのも、たぶんそういう、オリエンタリズムを感じてくれているんだと、すごいなと思いましたね。外国に行って、外国大好きになる人と日本大好きになる人がいると思うんですけど、私は後者です。日本の美学とか、アジア、オリエンタリズム美学を再発見した感じです。
帰国後はどのように過ごされていたんですか?
留学中に一時帰国した際、いくつか出版社を周ったんです。そのうち1社の編集者さんに気に入られて担当さんがついてくれたんですよ。
なので、帰国後もそこで打ち合わせしながらバイトをしていました。本当に漫画家目指してガムシャラに。でも、ちょっとうまくいかなくて。それでトーチに持ち込みに行きました。
担当の編集者さんがついても他の出版社に行くのはいいんですか?
全然いいんです。
デビュー前の漫画家さんは特に、担当さんに嫌われるんじゃないか、バレたら悪く思われるんじゃないかって気にすると思うんですけど、業界的によくあることなんですよ。
編集者さんの意見は尊重するんですか?
はい。尊重します。
編集者さんと漫画家はどのような関係ですか?
芸術で言うと、編集者はギャラリストみたいな存在だと思います。作家って口下手じゃないですか。極端っていうか、考えが偏っているというか。私が思っている私の良さと、周りが思っている私の良さってたぶんちょっとずれがあるんですよね。だから私の意見をゴリ押しするより、編集者さんを信頼して代弁してもらった方が世間には伝わりやすいと思うんです。例えば紹介文。全然違うなと思っていても……あまり思わないですけど(笑)、言語化するのは編集者さんの方が得意だからお任せします。
アルバイトを辞めて漫画家のみの収入になったのはいつからですか?
「黒真珠そだち」の時です。当時は「アマゾネス・キス」と2つ連載していたんですが、交互にできて良いペースで描けるんですよね。
切り替えながらやる方が私、好きなんですよ。ひとつに集中すると、やっぱ行き詰まることってあるので違う話考えたいんですよね。そうすると脳が活性化する。
漫画の編集者さんはどういった印象を持たれていますか?
みんな個性的です。全員が作家っぽい。
作家以上に作家っぽいんですよ。作家が逆に負ける感じがする。やっぱ変人です、みんな。作家以上に変。
うん。みんな、気合が負けてるんですよ。変態さが負けています(笑)。
話を作るときは、どのように考えていくのでしょうか?
例えば、仕事と愛、どっちが大事かっていったら愛だよね、とか。そういう大きい、ざっくりとしたテーマの方から、なるべく自分だけの、本当に自分が心から思っているテーマを見つけてきて話を考えています。
意志強さんの絵の個性はどこからきているんですか?
チェコでアンティークの赤ちゃんみたいな人形を買って、それをデッサンした時、あーこの絵いいなって思って、そこから自分の絵柄にしていった感じですね。だからたぶん、私の絵柄ってちょっとヨーロッパっぽい雰囲気があるんです。今はちょっと変わっていると思うんですけど。最初はそこから来てますね。
漫画家の一番の収入って何ですか?
原稿料です。あとは本を出版した時の印税です。印税は人によって違うんですよね。印税は初版で刷った部数から貰えます。月々とかではなく一回で貰えますよ。それも出版社による感じです。
原画と印刷物の考え方を教えてください。
印刷物が好きです。
漫画の原画と印刷された漫画、どっちに価値があるかと考えたら、私の中では印刷されたものの方なんです。やっぱり原画は印刷されることを想定して描いているから。ここ汚いけど黒で潰したから印刷では出ないはずとか、そういうことを考えて作ってるじゃないですか。だから、私の中ではどっちかっていうと印刷物の方がオリジナルというか、価値があると思っています。
意志強さんは2年ほど前に「賞レースを狙う人=媚びる人、みたいなのも短絡的。自分が作ったもの評価されたい気持ちと、他人への媚び、って全然そこ関係ない。まあ媚びた結果、良いものができることもあるだろうしわたしは媚び自体を悪とも思わないが。」とツイートしていましたが、その話を詳しくきいてもいいですか?
普通に「このマンガがすごい!」の1位に選ばれたいんですよ。『アマゾネス・キス』が始まる時、編集者さんに「このマンガがすごい!」1位目指しますって電話で言っていて。編集さんは「うーん。まあまあそれは結果的についてくることなんで」みたいな(笑)。
私はやっぱ M—1グランプリとか、いいなって思うんですよ。目指すものがあるって楽しいじゃないですか。一番とか優勝とかやっぱ好きだから、目指したい。目指した上で駄目だったならいいじゃないですか。でも、最初から「賞レースなんかくだらない」と言って目指さないのは、つまんない。
本のデザインに関与する部分ってどの辺りまでするんですか?
私は漫画と表紙の絵を描くだけです。
あとはデザイナーの鈴木哲生さんにお任せしました。
『アマゾネス・キス』のフォントや位置もですか?
位置も全部、鈴木さんです。
漫画と関係のない絵の部分は全部鈴木さんにやってもらっていました。
そうだったんですね。知らなかったです。
そうなんです。単行本の各話の間にはさまっている絵柄も鈴木さんです。
鈴木さんは私のデビュー作の『魔術師A』の時からやってくれています。タイトルのロゴもやってもらっていて、とにかくセンスがかっこいい。
漫画はデジタル、アナログどちらで描かれているんですか?
今はデジタルです。
アナログもすごく好きだったんですよ。ペン先にもこだわりがあって、ぬるっと引ける線が好きで。チェコで買ったペン先を海外通販で取り寄せるくらい愛用してたんですけど。デジタルになったらデジタルになったでペン先の種類もいっぱいあって、選んで描くのもそれはそれで楽しいんで。デジタルにするのもそんなに抵抗はないですね。
漫画家になるために必要なことはなんでしょう。
編集者さんと出会うのも運です。
ハマるもハマらないも運。
色々な所に行った方がいいと思います。新人の漫画家さんで、初めて出会った編集者さんが全てだと思っちゃう人多いんですよ。その人に恩を返さなきゃとか、初めて認めてくれた相手だからって思っちゃう。もう全然そんなこと考える必要ない。取引先に自分の商品どうですかって売り込んでいるだけだから。そこまでなんかこう、感情まで取られちゃうと勿体無いです。
漫画家に共通するところってあるんですか?
共通するところ、うーん。社会不適合者(笑)。
それでしかない気がする(笑)。
ご自身の漫画がサブカルのコーナーに置いてあるのを見るとどう思いますか?
全然いいです。それはそれで。サブカルに置いてくれているってことは、文脈的に言えば芸術的ってことでもあるじゃないですか。芸術は芸術でしっかり守りたくて、だけどそこに甘んじたくないっていう気持ちで売れたいは売れたい。
まだ同人誌を作られて販売されていますよね? 商業漫画との気持ちの差はなんですか?
編集者さんを通すか通さないかの違いなんですけど。
私は商業漫画を描くのもすごく好きです。編集者さんとやり取りをしながら、直して直してっていう。他人の目が入る漫画作りもすごく好きなんですよ。ただたまに、そうじゃない場合の漫画がどうなるのかがやりたくなるから、やっている感じです。どっちもすごく楽しい。
意志強さんの漫画には「性」がよく表現されています。どういった気持ちで向き合っているんですか?
なんか結構、死ぬこと以外かすり傷みたいな気持ちです。
私、怖いものが多くて。
恐怖症の傾向が強いんです。
恐怖で死にたいと思うこともあったんですが、恐怖だけで死ぬことはないじゃないですか。それが結果的に死に繋がることはあっても、恐怖そのものが私を殺すわけではないから。エロを描くっていう羞恥心も、死に直結してない。恥ずかしさで死ぬことはないから大丈夫っていう、私の恐怖症に対する荒療治です(笑)。
登場人物は自分自身の分身でもある?
発言とか台詞は、結構自分が思っていることを言わせたりします。主人公も、敵対するキャラにも、どっちにも自分が思っていることを経験させたり言わせたりはしていますね。
漫画でのモノクロとカラーの違いはなんですか?
全然違います。表紙絵はイラストじゃないですか。漫画は得意だけどイラストは苦手なんですよ。だからもう全然別物です。カラーは静止画です。
すごいですね。カラーを静止画って言い切るの(笑)。
静止画ですこれは(笑)。確かに変ですよね。全部静止してるのに(笑)。そう私にとってはやっぱカラーが静止画でモノクロが動画(笑)。
漫画を違法サイト等、無料で読むことができてしまう時代ですが、どのようにお考えですか?
私は漫画を購入するようにしています。それは漫画家の人たちみんなそうだと思います。
私も漫画家としての意識が低かった時に、youtubeとかで無断転載を見てたんですよ。それを編集者さんに話した時に、漫画家ならそういうの見ちゃだめですよって怒られて。あ、そうだと思って、そこから見ないようにして。ちゃんと課金するように、正規で買うようにしています。
人生観を教えてください。
例えば、すごい嫌な奴がいたとします。そんなやつはどうせ人生うまくいかないよ、絶対罰が当たるよって思っても、そいつがすごく順調な人生を送ることってあるじゃないですか。私はそこにあるあるを感じるんですよ。ラッキー、アンラッキーって性格の良し悪しと全然関係ない。ラッキーになるために良いことをしましょうっていうのは無駄だなって思う。それよりも、自分の思想に対して誠実に生きる方がラッキーに繋がるっていう感じですね。
意志強ナツ子(いしつよ なつこ)
1985年7月22日 山形生まれ。
漫画家。魔術師。アマゾネス。責任者。
日本大学芸術学部中退。
2007年、プラハ美術アカデミー(Academy of Fine Arts, Prague)コンセプチュアルメディア学科入学。
2012年、プラハ美術アカデミー(Academy of Fine Arts, Prague)インターメディア学科・修士課程卒業。
2014年『女神』(トーチweb)でデビュー。著書に『魔術師A』『アマゾネス・キス』。
Photo:Makoto Nakamori
Text:Makiko Namie, Makoto Nakamori